大学3回生のある日のある一瞬に
「教師」になろうと決めた。

自分なりに教育問題を研究したり
通ってた空手道場では積極的に子供たちに関わったり
塾や家庭教師で中学生、高校生に勉強を教えたりした。
教育実習に行ってもけっこう「ウケ」がよかった。

教室で英語教えて、
部活はサッカーかバスケットやって
子供たちと一緒に汗を流して、、
っていうイメージがどんどん膨らんできた。

あ~教師っていい仕事だよな~
ってプロになる前は思ってた。

何も知らない自分は
教師っていう仕事に「恋」してたのかな。。。

で、実際教員試験をパスして、教師として教壇に立つと
思い描いていた世界とはほど遠かった(汗

自分がやりたかったこと(授業と部活動)は
全部の仕事の1/8(八分の一)くらいで
あとは雑務、雑用の嵐。
ガチガチの官僚主義。
それに加えてもちろん授業や生徒指導、部活動だって
ぜんぜんうまくいかない。。
うまくいったのって5%くらい。。(汗
失敗の連続、試行錯誤の日々。悩んでいても生徒は明日も学校に来る。
やること多すぎ、考えること多すぎ、悩む事多すぎ状態で
1年目は朝6:30に学校について毎日帰るのが夜11時を越えた。。

それでも子供たちのために頑張ろう~って決めて
その少ない楽しみのために
嫌な仕事も我慢してやった。

するといろんなことに慣れてきて
少しずつ自分も出せるようになっていって
楽しみも増えて来た。
だけど依然としてしんどいことは
めちゃ多かった。
自律神経失調症になりながら
登校拒否になりそうになりながら
なんとかくらいついていけた。

この頃を振り返ると
良いも悪いもひっくるめて教師という仕事を

「愛していた」

って今は思う。

だけどどうしても耐えられない部分があって
結局9年勤めて辞めてしまった。

子供たちと触れ合って勉強を教えたり、悩み聞いたり
才能を見つけ出したり、問題克服して一緒によろこんだりすることは天職だと思うけど
私は右に習えの「組織」に辟易していたので
そこが原因で公立学校は100%天職の場になりえなかった。
山奥とか島の小さなファミリー的な学校なら
もしかすると天職場になりえたかもしれない。


だけどね
これって人間も同じかな...って思ったりする。

ある人に「恋する」。

相手のいいところしか目につかない時期、
つきあってるうちはいいけど
結婚して同じ家に住んで
お互いの家族も絡んで来て
って感じになって、思ってもみなかった相手の嫌なところ、
やんないといけないしんどいところがたくさん見えて来る。

そんなのを全部ひっくるめて
相手と一緒にやっていくと決めることこそ
「愛する」ってことなんじゃないかと。

どうしても我慢できない部分があれば
別れるしかないけどね。

仕事を辞めるみたいに。