FBで紹介されてた記事を読んでインスパイアされたのでちょっと書いてみました。

「僕が19年勤めた会社を辞めた時、後悔した12のこと」
http://kyouki.hatenablog.com/entry/2013/11/01/070836

続編の記事
http://kyouki.hatenablog.com/entry/2013/11/03/065014

これは公務員でも同じだな~って今になって思う。
教員も「出世街道」ってのはある。
(知らない人のために:私は昔中学教師やってました。)

クラス運営(つまり生徒指導)ができる。
パソコンができる。(数字系、書類系に強い)
学年主任ができる。(チームを統率できる)
あとは..
地域に対して対応できるとか
教育委員会に対して貢献できるとか
ありますね。。
そういうポイントをクリアした人が
教頭→校長になっていくようです。

私の若い頃なんて
「英語を教えて部活動をやって
子供たちの笑顔を見れたらそれで幸せ~」
ってことしか考えてなかったからな。
あとはどうすれば子供の真のチカラを引き出せるか~とかね。
(出世欲ゼロですなー)

そんな私なんでもし学校に残っていたとしても
最後まで頑に現場(直接子供と触れ合えるポジション:クラス担任や部活)
をやっていたと思う。

世間知らずと言えば世間知らずだったねえ。

しかし今になって言える事は
戦後の日本の学校の本質ってのは「洗脳」の場だってこと。
子供たちは、自分で考えることにダメ出しされて
上司の言う事を聞くだけのロボットにされている。
だが現場で直接子供たちに対峙している先生方の
「情熱」で日本の子供たちはずっとなんとか救われてきていたのだが、
数年前の「成果制度導入」で教員が学校で
一致団結できなくなってしまった。

「分断統治」ってのは
あらゆるところで
じわじわ効き出している。
今の学校の先生のご苦労は
本当に大変だと思う。

それはそうと、
なんで教員を辞めたかってよく聞かれる。

理由は大きくは2つ。
組織になじめなかったのと
どうしてもリオのカーニバルに行きたかった
ってこと。(本当に ^^;)

..というのも、
私が30歳くらいの時飲み会かなんかで、当時40代半ばの教頭に
「教頭に夢はあるんですか?」って聞いたら

「引退したらシルクロードを旅してみたいねえ。」

て笑顔で言っているのを聞いて

「俺は今すぐ学校を辞めてリオに行かないといけない。
 リオのカーニバルは60越えて行く所じゃない。」

と痛烈に思ったのを今でもハッキリと覚えている。
(2002年に私はリオのカーニバル参加を果たす)

で、教員を辞めてどうだったかって?

失ったものは「教員という地位」と「安定した給料」。

だけど手に入れたものは「娑婆で人々がどうやって生きているかという真実」と「自分の潜在能力をこの世で表現できる環境」。

そりゃ「私にとっては」後者の方が面白いのだ。

一方、組織人として生き甲斐を感じる人だっているわけなので
結論としては人生いろいろでよい、という訳なのです。

いずれにしても、自分に対して悔いの無い人生を生きようぜい。