昔はモノを書く人ってのは限られてました。
出版という手段しかなかったですからね。

書く方もある一定以上の技術と良識があり
出版側も「編集」というチェックをするところが機能していた。

しかし、その分、
大きな力から圧力がかかると
内容に統制が敷かれ、偏った情報だけが
世間を風靡することもあったのは事実。

それが今や、発表の場もブログ、ツイッター、フェイスブックと続々増え
今や、誰でも「モノ書き」気取りで文章が書ける時代。

これもひとえにIT革命の恩恵のひとつだと言えるでしょう。

よくなったところは
誰でもどんな話題でも書けるようになったこと。
特に既得権益社会が困るような内容もどんどん暴露されてくるようになりました。
社会に透明性が出て来たように思います。

深刻な面は
「トイレのいたずら書き」や「内輪受けするギャグ」みたいな低いレベルのことが
ネット上でなされるようになってしまったこと。これは子供が道具(包丁)などを間違って使うようなこと。本来、精神的に未熟な人間にはネットという危険な道具を使わせないようにしなくてはいけない。

悪くなったことと言えば、やはり「文章の平均レベルの低下」でしょう。

「文章」というものに人生を賭け、真摯に向かい合い、物事を捉える感性や文章力を鍛えてきたプロの作家と、一般人の差は歴然としたものがあります。

最近、文章として美しいと思える文章になかなかお目にかかれません。特にネットのポータルサイト上(ヤフーなど)のニュースなどは誤字脱字もあり内容も表面的なものばかり、さらには意図的にマイナス用語を多様しているのではないか?と思うような実に酷いものが多い。

これはフェイスブックにどしどしアップされている写真にも同じようなことが言えます。
ハッキリ言わせてもらいますが、他の人が見る価値もないような下手糞な写真が続けてアップされているのを見て、最近時々吐き気をもよおすことがあります。。

業界レベルで例を出すと
タクシーマン魂を持ち、タクシーでのおもてなしに命をかけてタクシー会社を起こした人と、単に規制緩和になって参入できるようになったからタクシー会社やろうと思った人と、全く違うということなのですが....

使う側の人々が「その違い」を判らなくなってきている。

このことが一番厄介な問題です。

文章も写真もいろんな業界も
規制緩和によって、そのレベルがどんどん下がってきている。

そしてそれを読んだり見たり使う側のレベルも、自動的に下がって来る。

つまり「本物」のレベルとはほど遠いレベルのモノにしか触れなくなり
それだとやはり「ふ~ん、その程度のものか~」と思ってしまう。

本物とニセモノを見抜く目を持つことが「目利き」。
ニセモノしか知らないのに目利きができるわけがない。

とはいえ本物になかなかお目にかかることもできなくなると
目利き力が低下してくる。やがて錆びる。

やはり「本物」に触れる事をしないとダメだね。

「本物」は見える世界での本物(技術)と見えない世界での本物(志)の二重構造から出来ている。

志がないものは、やはりニセモノにすぎないのだと思う。