7年ぶり10度目のニューオリンズ。町中の店やストリートで音楽が演奏されているのが有名だが、今回やたら目についたのはいろんな種類の「街灯」。電球のものからガスで実際に燃やし続けているものまで、アンティークなものから現代的なものまで形も実にいろいろ。これがフレンチクウォーターの中に無数にある。

なんでこんなにあるんかな?と。

それが今回わかった。。。

街を歩いているとある絵画を展示販売している店に目がいった。そこにはニューオリンズをテーマにしたいろんな絵があったが、その中に「街灯の形をした幽霊がジャズを演奏」している絵があった。

一瞬で「これだ!」とわかった。

街灯の火と町中で演奏されている音楽は
死んでいった黒人奴隷たちの「鎮魂」だ。

有名な「聖者の行進」。
黒人霊歌をジャズの形式にしたものだが
もともとは黒人の葬儀で演奏されていた。
葬儀の「行き」はスローテンポの悲しい曲で生き残った人たちとの別れの悲しみを、
そして「帰り」は底抜けに明るいアップテンポの曲で
魂が天国に帰る喜びを表現している。

今回ここで出会った音楽は
なにか「物悲しい」。
底抜けに明るい音楽も
どこかに「せつなさ」や「やりきれなさ」が感じられ
それがなぜか今回とっても魂に響く。

それはきっと奴隷としての逃れられない運命に対する
絶望や恨み、怒りというところから来ているのは間違いない。
つまり「心の奥底=超スーパー本音」の部分から
発せられて作られている音楽、ということだけは確かだ。

人々は町中で音楽を奏で
町中で街灯の火をたいて
バーボンストリートで深酒をして
底抜けに明るい夜の時間をすごす。
人々が疲れ果て眠りにつき
やがて街がしずかになると
あちこちにいた黒人の霊たちが集まりだし
街灯の火に入り込み
音楽の演奏を楽しむ。。。

深夜に街灯の火がゆらゆらと揺れているのが
ジャズのリズムに感じられてくる。
悲しみながら笑いながら
「想い」をジャズにのせて表現してる。。。

きっとこれがニューオリンズの
毎日なのだと思う。

僕が叩いているサルバドールの太鼓も
昔歌っていたゴスペルも
このジャズとルーツは同じだ。

絶望の中にいるからこそ
底抜けの明るさで生きていける。

黒人奴隷文化は
ものすごい音楽を生み出したんだ、、と。

今回の訪問で、僕の魂とニューオリンズの街の聖者たち(黒人たちの魂)が
完全にシンクロした。7年前に来たときはこんなふうには感じなかった。
僕の中に眠っていた何かがサルバドールの太鼓に出会って目覚めたという感覚は
あったが、その「何か」とシンクロしたんだと思っている。

そういえば先週はマイケルジャクソンの魂と触れるコラボイベントがあったばかり。
They dont care about usという曲の中で
マイケルは彼の愛と「なんとかしなければ」という具体的行動を促すメッセージを含んだ深い想いの一部をサルバドールのカーニバル音楽を演奏するOlodumにリンクさせた。
そのサルバドールのカーニバル音楽を演奏している僕は
マイケルに想いを「託された」と感じた。

なんかね、いろんなことがどんどんシンクロしていく。

今、夜の3時。聖者がジャズを楽しんでいる時間。

宿泊しているホテルはきれいな中庭を囲むように建っている5階建ての古い建物。
エレベータ(なんと木造!)が調子悪いみたいで
今日5階から1階に降りる途中に4階で止まったのに
誰も乗ってこなかかった。
一緒にエレベータに乗ってたホテルの従業員の黒人のおねえさんは
「This is always like this.Silly elevator!」
(いつもこんな調子なのよ。くそったれなエレベータだわ。)
って言ってた。

僕はたぶん昼真から「聖者」がいたずらしてるんだろうな、って思った。

つらいことがあっても
できるだけたくさんの時間を笑ってすごしたい。

つらいことを体験した数だけ
人にやさしくなれる。

せっかく地球に肉体を持って生まれたんだから
つらいことも楽しいことも全部ひっくるめて
いろんなこと経験したい。

そして「生まれてきて本当によかった」って
心から思えるような人生を生きていきたい。

2014.4.24 3:00am
at Maison Dupuy in French Quarter,New Orleans