学生時代に住んでいた学生寮の話だけど
1回生の頃って自分のことしか考えないんだよね。
寮のしきたりが嫌でそれを痛烈に批判して
自分が正しくて、周りが悪くて
自分が上回生になったら寮を正しい方向に変えてやるんだ、
みたいな。
自分の考えと自分と自分に賛同してくれる人たちだけが大事で
後はどうなっても知らん、っていう感じ。
ところが寮で2回生になるとそうはいかなくなった。
下にかわいい1回生が入って来る。
寮の容赦ない洗礼にかわいい1回生たちがぶちのめされる。
そして自分たち2回生に質問や疑問をぶつけてくる。
「なんで寮はこんなんなんですか?
先輩はどう思ってるんですか?
寮を変えたいとは思わないんですか?」
そして先輩からは逆にこう言われる。
「2回生にもなって何やってんねん。
しっかり1回生の面倒見たれや。
1回生と同じように文句だけ言うてるんやないで。」
要は中間管理職。
上と下から容赦なく挟まれる。
3回生になって、その背景が見えて来た。
最も大事なことは「寮を守ること」だった。
寮の厳しいしきたりは
1回生に「寮について真剣に考えさせるツール」だったと言ってもよい。
2回生が1回生と上級生の板挟みになるというのも同じ目的のツールだ。
今から思えば
「自分に危害が及ばないと人は真剣に物事を考えない」という
論理がそこにあったのだと思う。
そのツールによって
3回生になったときに
「自分が寮を守らなくてはならない」という氣持ちが芽生える。
人間の年齢で言えば人生の折り返しの40歳になる感じ。
良い悪いにかかわらず自分が一生懸命かかわって来た場をを若い世代に残さねばならない、
寮生ならば寮を守っていかねばならない、という氣持ちになる。
従って3回生以上の役目は非常に重い。
1回生がもう耐えられないと言うようなレベルの「寮のしきたり」を断固として遂行し、
2回生を「何やってんねん!しっかりせい!」と容赦なく叩く。
どちらも嫌われ役だがそれを分かった上でやるのが3回生の仕事なのだ。
そして4回生の役目はさらに重い。
3回生を嫌われ役にさせることが仕事だ。
3回生が嫌われ役になることを嫌がってたらそれを叱る、
ということが4回生の役目だった。
5回生以上の役目はさらに重い。
3回生を叱れない4回生を叱って、3回生を叱れるようにするのが
5回生以上の仕事だ。
誰かを叱るとき、必ず後で誰かに叱った奴をフォローするように
言ってたものだ。
一番上が崩れると、全てが崩れる。
実はそれくらい緻密な役目が寮を構成していたのだ。
だから僕が5回生になったとき
どの寮生がどんなことでどう悩んでいるかということが
手に取るようにわかっていた。
それぞれの寮生が次のステップに進むために
全体を見て、余計なことは言ったりやったりしなかった。
しかし振り返って思う事がひとつある。
特に大学当局からプレッシャーを受けていたわけではない
平和な学生寮だったが故に、
これは学生だけで寮を運営するという「自治寮」を
存続させるために伝統的に組み上げられてきた智慧だったと言ってもいい。
しかし本来はやらなくてもいい「厳しいしきたりにより1回生にプレッシャーを与える」というところは
もちろんマッチポンプ的なところがあり
あまりレベルの高い話ではないと思う。
一方、京大の寮などは当局からのプレッシャーが強かったために
純粋に全寮生の結束がないと寮が潰されてしまう、という危機感を全寮生が持っていたという理由で
1回生が厳しいと感じるような寮のしきたりは存在しなかったと聞く。
平和な日本と常に臨戦態勢となっているパレスチナでは
「危機感」が全く違うということに似ている。
(最近は日本もそうでなくなってきたが)
------------------------------------
僕は寮を出る時に
もしかするとこれは人生全般にも当てはまるのではないか?
という仮説を立てた。
1回生 0歳~20歳
2回生 21歳~40歳
3回生 41歳~60歳
4回生 61歳~80歳
5回生 81歳~100歳
1回生、2回生の時に
必死に「寮とは何か?」と考えてきた者だけに
3回生になったとき
「寮のしきたりの本当の意味」が見えて来たように、
40歳までに
人生について必死に考えて、必死に生きて来た者だけに
40歳を越えたときに、本当の人生の意味が見えてくるんじゃないかと。
僕は今、年齢的に言えば、3回生の夏休みくらいまで来ているが
この仮説には100%に近い確信を得て来ている。
40歳を越えると
世の中のことをある程度は若い世代に
いつでも語れるようにしておかなければならない
と私は思う。
しかしこれは
40歳を越えたからと言って
全員が「世の中を動かすような仕事」をしなくてはならない、
という意味ではない。
おおまかに分けて3つ
それぞれの持って生まれた能力や使命に合わせて
1)世の中を動かすような仕事
2)ご縁のある人のためになる仕事
3)自分の夢を追う姿を人に見せて人に勇気を与える仕事
の中で一番フィットするポジションの仕事を選ぶ事が大事だ。
寮で言えば
執行部に入る人、寮長になる人、
なんの役職にもつかずに麻雀ばかりしてる人、みたいな。
どれでもいいんです。
3回生以上になって全体が見えているならば。
ただ、「遊び」がどこかにあることが
実は重要だとも思うのである。
一方、一番見苦しいのはここのミスマッチ。
本当は自分の夢を追っているだけで一番自分らしくいられるのに
「世の中を変えたい」などと背伸びしてしまうようなことだ。
寮長のタマじゃないのに寮長に立候補するとかね。
そういうのは小寮会議で3回生以上がぶっ潰すのが1階のやり方だったかな~~。
自分で選ぶならまだまし。それを誰かに焚き付けられたりしている姿は目も当てられない。
等身大、自然体。
これが一番好きなスタイル。
私の座右の銘は
Think globally, act locally.(TGAL)
全体を見て全体を考えて、自分の役目を果たす。
みなさんも、TGALライフを意識して生活してみませんか?
1回生の頃って自分のことしか考えないんだよね。
寮のしきたりが嫌でそれを痛烈に批判して
自分が正しくて、周りが悪くて
自分が上回生になったら寮を正しい方向に変えてやるんだ、
みたいな。
自分の考えと自分と自分に賛同してくれる人たちだけが大事で
後はどうなっても知らん、っていう感じ。
ところが寮で2回生になるとそうはいかなくなった。
下にかわいい1回生が入って来る。
寮の容赦ない洗礼にかわいい1回生たちがぶちのめされる。
そして自分たち2回生に質問や疑問をぶつけてくる。
「なんで寮はこんなんなんですか?
先輩はどう思ってるんですか?
寮を変えたいとは思わないんですか?」
そして先輩からは逆にこう言われる。
「2回生にもなって何やってんねん。
しっかり1回生の面倒見たれや。
1回生と同じように文句だけ言うてるんやないで。」
要は中間管理職。
上と下から容赦なく挟まれる。
3回生になって、その背景が見えて来た。
最も大事なことは「寮を守ること」だった。
寮の厳しいしきたりは
1回生に「寮について真剣に考えさせるツール」だったと言ってもよい。
2回生が1回生と上級生の板挟みになるというのも同じ目的のツールだ。
今から思えば
「自分に危害が及ばないと人は真剣に物事を考えない」という
論理がそこにあったのだと思う。
そのツールによって
3回生になったときに
「自分が寮を守らなくてはならない」という氣持ちが芽生える。
人間の年齢で言えば人生の折り返しの40歳になる感じ。
良い悪いにかかわらず自分が一生懸命かかわって来た場をを若い世代に残さねばならない、
寮生ならば寮を守っていかねばならない、という氣持ちになる。
従って3回生以上の役目は非常に重い。
1回生がもう耐えられないと言うようなレベルの「寮のしきたり」を断固として遂行し、
2回生を「何やってんねん!しっかりせい!」と容赦なく叩く。
どちらも嫌われ役だがそれを分かった上でやるのが3回生の仕事なのだ。
そして4回生の役目はさらに重い。
3回生を嫌われ役にさせることが仕事だ。
3回生が嫌われ役になることを嫌がってたらそれを叱る、
ということが4回生の役目だった。
5回生以上の役目はさらに重い。
3回生を叱れない4回生を叱って、3回生を叱れるようにするのが
5回生以上の仕事だ。
誰かを叱るとき、必ず後で誰かに叱った奴をフォローするように
言ってたものだ。
一番上が崩れると、全てが崩れる。
実はそれくらい緻密な役目が寮を構成していたのだ。
だから僕が5回生になったとき
どの寮生がどんなことでどう悩んでいるかということが
手に取るようにわかっていた。
それぞれの寮生が次のステップに進むために
全体を見て、余計なことは言ったりやったりしなかった。
しかし振り返って思う事がひとつある。
特に大学当局からプレッシャーを受けていたわけではない
平和な学生寮だったが故に、
これは学生だけで寮を運営するという「自治寮」を
存続させるために伝統的に組み上げられてきた智慧だったと言ってもいい。
しかし本来はやらなくてもいい「厳しいしきたりにより1回生にプレッシャーを与える」というところは
もちろんマッチポンプ的なところがあり
あまりレベルの高い話ではないと思う。
一方、京大の寮などは当局からのプレッシャーが強かったために
純粋に全寮生の結束がないと寮が潰されてしまう、という危機感を全寮生が持っていたという理由で
1回生が厳しいと感じるような寮のしきたりは存在しなかったと聞く。
平和な日本と常に臨戦態勢となっているパレスチナでは
「危機感」が全く違うということに似ている。
(最近は日本もそうでなくなってきたが)
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僕は寮を出る時に
もしかするとこれは人生全般にも当てはまるのではないか?
という仮説を立てた。
1回生 0歳~20歳
2回生 21歳~40歳
3回生 41歳~60歳
4回生 61歳~80歳
5回生 81歳~100歳
1回生、2回生の時に
必死に「寮とは何か?」と考えてきた者だけに
3回生になったとき
「寮のしきたりの本当の意味」が見えて来たように、
40歳までに
人生について必死に考えて、必死に生きて来た者だけに
40歳を越えたときに、本当の人生の意味が見えてくるんじゃないかと。
僕は今、年齢的に言えば、3回生の夏休みくらいまで来ているが
この仮説には100%に近い確信を得て来ている。
40歳を越えると
世の中のことをある程度は若い世代に
いつでも語れるようにしておかなければならない
と私は思う。
しかしこれは
40歳を越えたからと言って
全員が「世の中を動かすような仕事」をしなくてはならない、
という意味ではない。
おおまかに分けて3つ
それぞれの持って生まれた能力や使命に合わせて
1)世の中を動かすような仕事
2)ご縁のある人のためになる仕事
3)自分の夢を追う姿を人に見せて人に勇気を与える仕事
の中で一番フィットするポジションの仕事を選ぶ事が大事だ。
寮で言えば
執行部に入る人、寮長になる人、
なんの役職にもつかずに麻雀ばかりしてる人、みたいな。
どれでもいいんです。
3回生以上になって全体が見えているならば。
ただ、「遊び」がどこかにあることが
実は重要だとも思うのである。
一方、一番見苦しいのはここのミスマッチ。
本当は自分の夢を追っているだけで一番自分らしくいられるのに
「世の中を変えたい」などと背伸びしてしまうようなことだ。
寮長のタマじゃないのに寮長に立候補するとかね。
そういうのは小寮会議で3回生以上がぶっ潰すのが1階のやり方だったかな~~。
自分で選ぶならまだまし。それを誰かに焚き付けられたりしている姿は目も当てられない。
等身大、自然体。
これが一番好きなスタイル。
私の座右の銘は
Think globally, act locally.(TGAL)
全体を見て全体を考えて、自分の役目を果たす。
みなさんも、TGALライフを意識して生活してみませんか?
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