「授かった才能」を生かして

「本当にやりたいこと」「本当にやらねばならないこと」などを
この世界に具体的な形として表現できる、ということは

「ありのままの自分を受け入れてもらえた」ということになり
それ以上の幸せはない、という氣持ちになるので
「有り難う」「有り難い」という想いしか出て来なくなる。

しかしこれは
その体験をしたことがある人にしかわからない。

このレベルにある人というのは
自分のことや自分の思いをとても大切にしているが
同時に
他人のことや他人の思いも自分と同じくらい大切にするのだ。

若い頃の僕は
ある「憧れ」のようなものを追いかけて
授かった才能と違うことをして
それを継続すればもちろんチカラになるので
具体的な形として表現はしていたものの
正直そこに「喜び」がなかった。
「やってよかった」とか「生まれて来て本当によかった」
というレベルの喜びを感じることが全くできなかった。

そういうときには
何故か、自分が努力して築き上げて来た結果であっても
それを全く愛おしいと思えず
他の人が努力してやってきた結果も
全く大切に思う事ができなかった。

本当に無理矢理だったが、
勇気を出して
人生の方向転換をしてきて良かった!
って僕は心から思える。