昔「友達」と「親友」の違いについて
考えた事があった。
当時の結論は、
「親友」って、常に一緒にいなくても
お互い何を考え何をやってるかがわかるくらいの
親しい仲のこと、
ということになった。
「親友」を
違う言葉で言えば「気脈を繋いだ仲」。
最近の身近な流行語だと「肝胆相照らす仲」のことでしょう。
しかし親友は、なんで離れていても大丈夫なのか?
メカニズム的には
親友=気脈ゾーン=右脳コア回転ゾーン=和の精神ゾーン
=阿吽の呼吸=テレパシー=以心伝心
となるからだ。
ところが
欲にまみれていたり
和の精神ゾーンから離れていると
この
「気脈」を感じることはできない。
そういう人は
常に人と会って
常に「言葉」で
自分の考えを相手に聞かせて
相手の考えを確認して
「約束」して
相手との関係を完璧なものにしておかないと
落ち着かない。
このやりかたは
まさに「契約」なのだ。
悪いとは言わないが
3次元までのコミュニケーション方法だ。
一方、気脈ゾーンにいる人は
「契約」などせずとも
「言葉」で語らずとも
お互いが一体であるから
考えていることも、使命も、志も
全部わかってしまう。
だからお互いの動きもわかってしまうから
特に約束などしなくてもよいのだ。
これが、これからのコミュニケーション方法、
4次元以上のやり方なのだ。
すでに4次元以上にアセンションしてる人は
「ほむほむ♫」と微笑んでいると思うが。
「気脈を繋ぐ」というのは
「お互いが離れている(3次元以下)」のが前提なので
あまり好きな表現ではない。
「気脈ゾーン(和の精神ゾーン=一体=4次元以上)」にいる
という表現が私が好きだ。
考えた事があった。
当時の結論は、
「親友」って、常に一緒にいなくても
お互い何を考え何をやってるかがわかるくらいの
親しい仲のこと、
ということになった。
「親友」を
違う言葉で言えば「気脈を繋いだ仲」。
最近の身近な流行語だと「肝胆相照らす仲」のことでしょう。
しかし親友は、なんで離れていても大丈夫なのか?
メカニズム的には
親友=気脈ゾーン=右脳コア回転ゾーン=和の精神ゾーン
=阿吽の呼吸=テレパシー=以心伝心
となるからだ。
ところが
欲にまみれていたり
和の精神ゾーンから離れていると
この
「気脈」を感じることはできない。
そういう人は
常に人と会って
常に「言葉」で
自分の考えを相手に聞かせて
相手の考えを確認して
「約束」して
相手との関係を完璧なものにしておかないと
落ち着かない。
このやりかたは
まさに「契約」なのだ。
悪いとは言わないが
3次元までのコミュニケーション方法だ。
一方、気脈ゾーンにいる人は
「契約」などせずとも
「言葉」で語らずとも
お互いが一体であるから
考えていることも、使命も、志も
全部わかってしまう。
だからお互いの動きもわかってしまうから
特に約束などしなくてもよいのだ。
これが、これからのコミュニケーション方法、
4次元以上のやり方なのだ。
すでに4次元以上にアセンションしてる人は
「ほむほむ♫」と微笑んでいると思うが。
「気脈を繋ぐ」というのは
「お互いが離れている(3次元以下)」のが前提なので
あまり好きな表現ではない。
「気脈ゾーン(和の精神ゾーン=一体=4次元以上)」にいる
という表現が私が好きだ。
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