幼稚園とか小学生の頃
特に母親が躾には厳しかった。
特に厳しかったのは次の3つ。
(1)モノを食べながら歩いてはいけない。
(2)嘘をついてはいけない。
(3)人のモノを黙って取ってはいけない。
僕は、嘘はよくついた。
嘘をつかざるを得なかった、と言ってもいい。
なぜついたか?
母に叱られるのが怖かったからだ。
嘘をつくから叱られる訳で
嘘をつかなかったら叱られないのでは?
と皆さんは思うかもしれない。
が、当時の僕はそうは考えなかった。
例えば、食パンを買いにおつかいに行く途中に
100円玉を落として、それがコロコロころがって
道端のドブに落ちてしまった。
そのように正直に言えばいいものを
なぜか僕は「正直に言ったら叱られる」と思い込んでおり
そこで嘘をついてしまうのだ。
「100円玉を落っことしたらコロコロと転がっていって
それを知らないおじさんが取ってどこかに行ってしまった。」と。
母親は一発で僕の言い訳を嘘だと見抜き、
思い切りほっぺたを叩くのだった。
なんでバレだのだろう?とその時は思ったが
そりゃバレるよな、と今では思う。
また、小学校のテストを母親に見せるのが
僕はとっても怖かった。
覚えてないけど、悪い点を取ったときに、こっぴどく叱られたことが
あってそれがトラウマにでもなっていたのだろうか、、
80点を取っても「これは悪い点数だ」と僕は感じて
そのテストを自分の机の中に隠すくらいだった。
小学校のテストはほぼ毎日あって
そのテストを僕は隠し続けた。
母親に「テストは?」と聞かれても
「ない」とずっと嘘をついていた。
やがて机の中がテスト用紙で満杯になり
クラスの女の子がそれを見つけ先生に告げ口して
僕は先生に見つかってしまったのだ。
束になったテスト用紙を先生に渡されるシーンだけは
はっきり覚えているが
その後、家で母親に叱られた記憶がない。
母親は怒りを通り越して呆れていたのかもしれないし
あまりに激しい怒りだったので僕の脳が思い出すことを
拒絶しているのかもしれない。
あるとき、嘘をつくのは大変だ、ということに
僕は気づいた。
いつ、誰に、何を話したかを覚えておかないといけないし、
話の辻褄を合わせることが嘘をつき続けるために絶対必要だということに気づいた。
そして、「これは超記憶力のいい奴しか無理だ」、
と思って、嘘をつくのはやーめた、と思った瞬間が
少年時代のどこかであったのをはっきり覚えている。
それ以来、僕がモットーにしているのは
「そのとき本当に思ったことを言う」ということだ。
思考にはあまり頼らず、直感で感じて話すことが多くなった。
ちょっと変?なことも言う時もあるが自分では全く気にしていない。
その代わり、何を言ったかを覚えてないことも自然と多くなった。
嘘をつかない、というのであれば、じゃあ全部本当のことを話すのか?
と聞かれたらそうでもない。
話せることは話すけど、話す必要のないことはわざわざ自分から話したりはしない。
そこになんの意図もない。
必要なら話す。
必要じゃないなら話さない。
そのとき本当に思ったことを言うだけ。
この3つはとても楽(らく)だ。
自然体で等身大。
これぞ和の精神の極み。
おすすめです。

楽(らく)に生きると、楽しい。
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特に母親が躾には厳しかった。
特に厳しかったのは次の3つ。
(1)モノを食べながら歩いてはいけない。
(2)嘘をついてはいけない。
(3)人のモノを黙って取ってはいけない。
僕は、嘘はよくついた。
嘘をつかざるを得なかった、と言ってもいい。
なぜついたか?
母に叱られるのが怖かったからだ。
嘘をつくから叱られる訳で
嘘をつかなかったら叱られないのでは?
と皆さんは思うかもしれない。
が、当時の僕はそうは考えなかった。
例えば、食パンを買いにおつかいに行く途中に
100円玉を落として、それがコロコロころがって
道端のドブに落ちてしまった。
そのように正直に言えばいいものを
なぜか僕は「正直に言ったら叱られる」と思い込んでおり
そこで嘘をついてしまうのだ。
「100円玉を落っことしたらコロコロと転がっていって
それを知らないおじさんが取ってどこかに行ってしまった。」と。
母親は一発で僕の言い訳を嘘だと見抜き、
思い切りほっぺたを叩くのだった。
なんでバレだのだろう?とその時は思ったが
そりゃバレるよな、と今では思う。
また、小学校のテストを母親に見せるのが
僕はとっても怖かった。
覚えてないけど、悪い点を取ったときに、こっぴどく叱られたことが
あってそれがトラウマにでもなっていたのだろうか、、
80点を取っても「これは悪い点数だ」と僕は感じて
そのテストを自分の机の中に隠すくらいだった。
小学校のテストはほぼ毎日あって
そのテストを僕は隠し続けた。
母親に「テストは?」と聞かれても
「ない」とずっと嘘をついていた。
やがて机の中がテスト用紙で満杯になり
クラスの女の子がそれを見つけ先生に告げ口して
僕は先生に見つかってしまったのだ。
束になったテスト用紙を先生に渡されるシーンだけは
はっきり覚えているが
その後、家で母親に叱られた記憶がない。
母親は怒りを通り越して呆れていたのかもしれないし
あまりに激しい怒りだったので僕の脳が思い出すことを
拒絶しているのかもしれない。
あるとき、嘘をつくのは大変だ、ということに
僕は気づいた。
いつ、誰に、何を話したかを覚えておかないといけないし、
話の辻褄を合わせることが嘘をつき続けるために絶対必要だということに気づいた。
そして、「これは超記憶力のいい奴しか無理だ」、
と思って、嘘をつくのはやーめた、と思った瞬間が
少年時代のどこかであったのをはっきり覚えている。
それ以来、僕がモットーにしているのは
「そのとき本当に思ったことを言う」ということだ。
思考にはあまり頼らず、直感で感じて話すことが多くなった。
ちょっと変?なことも言う時もあるが自分では全く気にしていない。
その代わり、何を言ったかを覚えてないことも自然と多くなった。
嘘をつかない、というのであれば、じゃあ全部本当のことを話すのか?
と聞かれたらそうでもない。
話せることは話すけど、話す必要のないことはわざわざ自分から話したりはしない。
そこになんの意図もない。
必要なら話す。
必要じゃないなら話さない。
そのとき本当に思ったことを言うだけ。
この3つはとても楽(らく)だ。
自然体で等身大。
これぞ和の精神の極み。
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