神社への奉納って堅苦しくて仰々しい感じがするけど
その本質について前から感じていたことがあった。
奉納の基本的なエネルギーの流れは
次のようになるのではないだろうか。
(1)神様から与えられた土地に住んでいる。(生を受けた土地)
(2)その土地でできた農作物を頂いて生きていける。
(3)ぜひとも感謝の気持ちを神様に伝えたい。(6次元)
(4)氏神様を祀ってある神社で感謝祭をしてそこで「獲れた作物」を神様に見て頂こう。
子供の奉納相撲は
「神様のおかげで村の子供達もこんなに元気です。見てやってください~。」
っていう感じになるのではないだろうか。
神楽、踊り、武芸などの芸能も
神輿や練りなども同じようなニュアンスだと思う。
昔の人たちはたぶんこれでよかったのだと思う。
だけど今は様子が随分変わってしまった。
(1)生まれた土地から離れる人がたくさんいる。
(2)地元で獲れた作物を食べているのではなくお金で食料を買っている。
「本来の奉納」の意味を体験的に見いだすのが難しくなっている。
代わりに、「お金」をくれるところに対して感謝するようになったのではないか。
(1)商品を買ってお金をくれるお客様は神様です。
(2)給料をくれる会社やバイト先に感謝する。
(3)お小遣いをくれるお母さんに感謝。
感謝の対象が作物からお金に変わったことの延長線上にあるのが
神社の「お賽銭(さいせん)」であるような気がする。
「神様のおかげで、お金を稼いで暮らせていけています。
そのほんの一部ですが、これが頂いたお金です。本当にありがとうございます。
これからも今まで通り、よろしくお願いします。」
っていうイメージが僕には湧いてくる。
感謝とお願いをセットでするのが本来なのだが
今は「大学に受かりますように!」みたいなお願いだけに
なってしまってるのはやはり本末転倒だ。
「金やるから望み叶えろ」は次元としては低い。
よく「氏神様にきちんとご挨拶をしなさい」と言う人がいるが
それは奉納の本来の意味である
「生まれた土地の神様に感謝のご挨拶をしなさいよ」
ということなのだと思う。
ちなみに日本で一番大事なお祭りはご存知だと思うが
宮中祭儀の「新嘗祭」だ。
天皇が穀物の恵みに対して日本の神々に感謝され、穀物を奉納されるというものだ。
氏神様をないがしろにしている多くの国民の代わりに
日本の八百万の神々に感謝をされているのだから
日本の神々も「まあ、しゃあないな~」と許してくれている、
と解釈してもおかしくはない。
それくらい神様から頂いている「土地」と「その恵み」に対する
国民の意識は低くなっているのかもしれない。
(僕も反省だ...)
話は少し変わって
今、我々が普通に「奉納の意識」で習慣化しているイベントがひとつだけあると思う。
それは結婚式の披露宴だ。
今までお世話になった両親、兄弟、親族、友達や先生や上司などを招いて(神に見立てて)
「みさなんのおかげでここまで立派になりました。こういう決意で2人はやっていきます!これからも見守っててください!」と志を語るではないか。
形を変えて「奉納のエネルギー」は
日本にまだしっかりと根付いていると思うのである。

宇宙と人と地上が一直線に結ばれる。
全てのチャクラにエネルギーが流れ始める。
メルマガ登録を完了させるには、登録後送られてくる認証メールを認証する必要があります。登録したけど、認証メールが届かない方は別のアドレスで登録して頂くか、届かないときの設定解説 をご覧ください。
その本質について前から感じていたことがあった。
奉納の基本的なエネルギーの流れは
次のようになるのではないだろうか。
(1)神様から与えられた土地に住んでいる。(生を受けた土地)
(2)その土地でできた農作物を頂いて生きていける。
(3)ぜひとも感謝の気持ちを神様に伝えたい。(6次元)
(4)氏神様を祀ってある神社で感謝祭をしてそこで「獲れた作物」を神様に見て頂こう。
子供の奉納相撲は
「神様のおかげで村の子供達もこんなに元気です。見てやってください~。」
っていう感じになるのではないだろうか。
神楽、踊り、武芸などの芸能も
神輿や練りなども同じようなニュアンスだと思う。
昔の人たちはたぶんこれでよかったのだと思う。
だけど今は様子が随分変わってしまった。
(1)生まれた土地から離れる人がたくさんいる。
(2)地元で獲れた作物を食べているのではなくお金で食料を買っている。
「本来の奉納」の意味を体験的に見いだすのが難しくなっている。
代わりに、「お金」をくれるところに対して感謝するようになったのではないか。
(1)商品を買ってお金をくれるお客様は神様です。
(2)給料をくれる会社やバイト先に感謝する。
(3)お小遣いをくれるお母さんに感謝。
感謝の対象が作物からお金に変わったことの延長線上にあるのが
神社の「お賽銭(さいせん)」であるような気がする。
「神様のおかげで、お金を稼いで暮らせていけています。
そのほんの一部ですが、これが頂いたお金です。本当にありがとうございます。
これからも今まで通り、よろしくお願いします。」
っていうイメージが僕には湧いてくる。
感謝とお願いをセットでするのが本来なのだが
今は「大学に受かりますように!」みたいなお願いだけに
なってしまってるのはやはり本末転倒だ。
「金やるから望み叶えろ」は次元としては低い。
よく「氏神様にきちんとご挨拶をしなさい」と言う人がいるが
それは奉納の本来の意味である
「生まれた土地の神様に感謝のご挨拶をしなさいよ」
ということなのだと思う。
ちなみに日本で一番大事なお祭りはご存知だと思うが
宮中祭儀の「新嘗祭」だ。
天皇が穀物の恵みに対して日本の神々に感謝され、穀物を奉納されるというものだ。
氏神様をないがしろにしている多くの国民の代わりに
日本の八百万の神々に感謝をされているのだから
日本の神々も「まあ、しゃあないな~」と許してくれている、
と解釈してもおかしくはない。
それくらい神様から頂いている「土地」と「その恵み」に対する
国民の意識は低くなっているのかもしれない。
(僕も反省だ...)
話は少し変わって
今、我々が普通に「奉納の意識」で習慣化しているイベントがひとつだけあると思う。
それは結婚式の披露宴だ。
今までお世話になった両親、兄弟、親族、友達や先生や上司などを招いて(神に見立てて)
「みさなんのおかげでここまで立派になりました。こういう決意で2人はやっていきます!これからも見守っててください!」と志を語るではないか。
形を変えて「奉納のエネルギー」は
日本にまだしっかりと根付いていると思うのである。

宇宙と人と地上が一直線に結ばれる。
全てのチャクラにエネルギーが流れ始める。
日本才能学研究所発行のメールマガジン(無料)にぜひご登録ください
メルマガ登録を完了させるには、登録後送られてくる認証メールを認証する必要があります。登録したけど、認証メールが届かない方は別のアドレスで登録して頂くか、届かないときの設定解説 をご覧ください。
コメント